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仙台高等裁判所 昭和57年(ラ)5号 決定

抗告人 磯上学

相手方 牧野加代子

主文

原審判の主文第一項を取消す。

右取消部分についての相手方の審判前の保全処分の申立を却下する。

申立費用は原審および当審とも相手方の負担とする。

理由

一  抗告人は主文第一、二項同旨の裁判を求めた。

二  記録によれば、相手方と抗告人間には山形家庭裁判所昭和五五年(家)第六〇五号、同第六〇六号遺産分割審判事件が係属中のところ、これを本案とする本件審判前の保全処分の申立のうち本件抗告に関する部分の要旨は、相手方は右遺産分割の前提問題に関する抗告人との間の山形地方裁判所昭和五六年(ワ)第二〇八号土地建物所有権移転登記抹消登記等請求事件の追行に多大の出費を要し経済的負担に苦しんでいるので、とりあえず前記訴訟の争点とは直接関係のない遺産につき保全処分として仮の遺産分割をなし、抗告人に対し遺産のうちから金八一二万円を仮に支払うよう求める、というのであり、原審判はその一部を認容して抗告人に対し金七五九万円の仮払いを命じたものであることが明らかである。

然し金銭仮払いを求める審判前の保全処分については家事審判法一五条ノ三、第七項によつて民訴法七六〇条の規定が準用されているから、保全の必要性として現在の危難を避けるという急迫性を要するところ、記録によれば相手方は横浜市に居住する家庭の主婦で、その夫は会社員として月額二九万円程度の収入を得、その他に貸家二棟を所有しその賃料収入が月額一二ないし一三万円あり、比較的高収入の家庭であると認められ、夫があと数年で定年退職の予定であり、一八歳の長男および一四歳の長女の進学費用に今後相当の出費が見込まれ、かつ前記訴訟について東京在住の弁護士を訴訟代理人に選任しているため通常より多大の出費を余儀なくされ、訴訟の長期化と共に将来相手方の生活が経済的に相当程度ひつ迫してくるであろうことは予測し得るが、現時点において相手方の生活が困窮し訴訟の維持が経済的に困難になつているとまでは認め難い。

してみれば、将来においてはともかく、現時点においては相手方に審判前の保全処分として遺産に属する金銭の仮払いを認容するに足りる必要性はないものといわねばならない(原審はこの点につき、審判前の保全処分はいわば仮の遺産分割の実質を備えているから、本案審判が数年先にならざるを得ない状況のもとにおいては、必ずしも現在の危急を救うというようなさし迫つた事情がなくても、保全処分によりいわば仮の遺産分割をなすことは許されるとの見地から、相手方の本件保全処分の申立を一部認容したものであるが、右のような見解は保全処分の本質から逸脱するもので、当裁判所の採らないところである)。

三  以上のとおりで金銭仮払いを求める相手方の本件保全処分の申立は、その必要性を充たすものとはいい難いので、被保全権利の存否について判断するまでもなく、理由がないものとしてこれを却下すべきである。

よつて右と結論を異にする原審判の主文第一項を取消し、右取消部分についての相手方の保全処分の申立を却下することとし、申立費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小木曽競 裁判官 伊藤豊治 井野場秀臣)

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